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生きもの二人三脚

ニホンイシガメ①

日本の固有種であるニホンイシガメ。
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今は準絶滅危惧種、ワシントン条約付属書Ⅱへと悲しい昇格をしてしまいました。

飼い始めて9年目のわが家のニホンイシガメは、毎年産卵・孵化しております。

具体的な地名は、保護の観点上申し上げられませんが、こちらの地域でもニホンイシガメの生息地は急速に減っています。

生息とは、ただ「いた!」だけではなく、その場所でオス・メス・子ガメが見つかり、繁殖も行われていることが確認できなければ、そう呼べないのです。

ニホンイシガメの生息地が減ってしまった原因は、大まかには次のようなことが上げられます。

◦ 河川の護岸整備や宅地開発による環境の変化
◦ 外来種のカメによる生存競争圧
◦ アライグマによる食害
◦ 人間による乱獲
◦ 外来種との遺伝子交雑(クサガメも外来種です)

また、ニホンイシガメは比較的キレイな流水を好み、そこに隣接する山も摂餌や産卵のための大切な活動場所となっています。

その辺の池などには、今となってはほとんど生息しておらず、そんな場所は外来種のカメでいっぱいです。

人間による乱獲も深刻な問題で、「掘り子」と呼ばれるカメの乱獲業者が存在します。

またそれを買い取る業者もおります。

レップショー(爬虫類他即売会)などで、乱獲個体を大量に扱う販売業者の方々をよく見かけますが、どうか考え直して頂きたいと思います。

またショーの主催者の方々もそういった種類の取り扱いについて、それなりの規制を設けて頂きたいと思います。

合法とはいえ、もう少し先のことを考えて頂きたいのです。

「種を守りながら爬虫類を商売として取り扱う」これが爬虫類業界が末永く続くために重要なことであると感じています。

話がいささか逸れましたが、わが家で産まれた子ガメたちは、少し大きく育ててから親ガメを採集した場所に放します。
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ここが大切で、決して他の地域へ放してはいけません。

「二ホンイシガメ」とは言っても、その生息地域ごとに長い年月をかけて、習性・形・色などが少しずつ変化適応し、DNAに書き込まれています。

そこに異なるDNAが急に入り込むと、その地域の個体群に悪影響を及ぼす可能性が出てきます。

私の知人でカメの権威であり、自然環境についても深く取り組まれている方がおります。

その方にニホンイシガメの放流について伺ったところ、先ほど述べたことは同じ見解でしたが、1つ希望あるアドバイスをいただきました。

ニホンイシガメ②に続く


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反省そして決意①

「ヨシッ!」と気の引き締まる猟期ではありますが、同時に「心配」もついてまわります。

猟期中の事故です。

事故は絶対にあってはならない、起こしてはならないと皆が心に誓っておりますが、毎年不幸な事故が全国で発生しています。

事故にも様々な事例があります。

鉄砲によるもの、山中での転倒・滑落や獲物によるもの、そして猟犬によるものです。

実は、私はこの一年間に事故を2回起こしてしまいました。

自分への戒めとして書きます。

1回は猟期中、もう一回は管理捕獲中で、どちらも猟犬が関係した事故です。

そして、どちらも猟犬が半矢(タマのあたりそこない)のシカを追ったことが原因で、猟期中は民宿街への乱入、管理捕獲中はサーキットへの乱入事故です。

関係した皆様には、多大なご迷惑をお掛けしてしまいました。

人身事故にならなかったことが不幸中の幸いです。

そしてシカたちにも、無用な苦しみを与えてしまいました。

これらは共通して、射撃の未熟さ、タツ張りの不備、指示や現場到着の遅れ、などが事故の要因となってしまいました。

この要因を教訓として、狩猟事故を二度と起こさぬように、今猟期は気を引き締め直して狩猟に取り組みたいと思います。

「ヤマ・コーシンよ君たちは悪くない、一生懸命に任務を遂行しただけだ」

「君たちが頑張って起こした獲物を、止められなかったオレたちがヘボだったんだ」

「ゴメン!」

灯台下暗し

今年度も猟期が始まります。

狩猟期間中は仕事中も緊張が途切れることはありません。

なんだか狩猟者(猟師と言いたいところですが、まだそのレベルにありません)のスイッチが入ってしまい「♪山~の男の 猟隊勤務 月月火水木金金!」などと鼻歌まじりで平日は仕事、土日は狩猟に奮励努力します。

仕事でこれほどに「緊張と集中のスイッチが入っている」と言う意味ではありません・・・

職場の皆にはこの期間中、いつも迷惑をかけっぱなし。

この場をかりて「ゴメンナサイ!」

職場の若手社員たちには、そのお礼にと、こんな会話を。

私:「この間、有休で行ってきた猟で捕れたイノシシの肉、食べてみる?オイシ~よ!」

若:「いや~チョット~」

私:「じゃ~シカ肉もあるよ、タタキなんかにしてもオイシ~よ!やっぱり生姜醬油かな~♪」

若:「・・・無理!」

私:「・・・・・ところで狩猟なんてやってみる気ない?」

若:「もっと無理!!」

今まで私は、若い人に会うたびに狩猟ラブコールを送ってきましたが、食いついてくれた人は一人もおりません。

ならばと、生きもの英才教育をほどこした我が子に打診してみたところ、息子は「興味はあるけど、めんどくさそ~」などと消極的反応。

では、とダメもとで娘に聞いてみると「興味あるよ、だって肉おいしーし♡」と好感触!「エッ!そうなの。やっぱりそうだと思ってたよ~」と慌てる私にもっと衝撃的な一言。

「私は将来、山の環境を守るレンジャーになりたい!」と娘は真顔。

感動をグッとこらえる私。

実際に、娘はイノシシ・シカ肉が大好物で、特に盛り真っ最中のイノシシ臭全開の大イノシシ肉がお気に入り。

焼肉などは「やっぱり、こっちの肉の方が歯ごたえや旨味があってウメ~な!(モゴモゴ)」などと、のたまう豪傑だったことを思いだしました。

将来の夢が本気だということを悟った私は、将来、山中で娘にタイホされないよう更に「安全第一」「法令遵守」でいこうと心に誓うのでした。




わが家の生きもの①

ここでなぜかモルモット。

でも、ただのモルモットではないのです。

「九死に一生スペシャルモルモット」なのです。(ちよっと長いか)

この後も、あれこれと紹介させて頂こうと思っている生きものたち。

中でも一般的でない怪しい生きものたちのほとんどを、購入させて頂いているこれまた怪しいお店「レップ フォレスト」
(和訳:「爬虫類の森林」という店名からしてキケンがアブナイ)

ここから連れて帰ってきたモルモットなのです。

このモルモットは、某ホームセンターのゴミ箱横にダンボールに入れて捨てられていたのです。

それを清掃員の方が見つけ、警察に通報。

モルモットは拾得物として取り扱われる事となりました。

清掃員の方は、危うくゴミとして処分するところだったそうです。

そのダンボールの中にはモルモットが3匹入っており、警察は手続きを済ませるとすぐに「レップフォレスト」に持ち込み、保管(預かり飼育)を依頼。

2週間たっても落とし主(捨て主)が現れなければ「お店の方で売るなり飼うなり好きにして下さい」との流れなのです。

のちに連れて帰ることになった、わが家のモルモットは、まだ子供で小さかったのですが、ほかの2匹はもう大人。

警察の依頼から2週間が過ぎた頃、お店に行ってみるとモルモットは小さいの1匹だけ。

「大きいのは売っちゃったの?」と私。

「死んじゃった」と店主。

よく見ると、お店の売り物のボアコン(ボア・コンストリクター略:中南米に生息する大蛇)のお腹がポッコリ。

確かに死んでいる。

 私:「エッ、エサにしちゃったの?」

店主:「死んじゃったから」

 私:「ウソつけ!この小さいのはど~するの?」

店主:「ど~しようかな~」

反射的に私:「これ売って!!」

店主:「・・・・あげるよ」

 私:「一応お店で2週間飼ってたんだからエサ代とか・・・」

店主:「じゃ~500円」

 私:「キリが悪いから1000円!」

と、言うことで家に連れて帰ることになったのです。

一緒にお店に行き、一部始終を見ていた当時小学生だった息子は放心状態で固まっていたのを覚えています。
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ちなみに名前は「フィーフィー」。

オーヤン・フィーフィーさんから頂いた訳ではありません。(鳴き声からです)

あれから7年、まだまだ元気。

フィーフィーよ「あの時は本当に危なかったなぁ~」




猟犬③

ヤマ先生はもう10才。

猟犬としてのお務めは、あと2年ぐらい。
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それ以上はおそらく動きも鈍くなり、イノシシの攻撃をかわせずに殉職の恐れが出てくるからです。

でも、そこは猟犬の性。

老師匠曰く、いくつになっても猟に行きたがるそうです。

今でも猟の足である犬舎を載せた軽トラのエンジンをかけると、ふだんは静かなヤマが「ワォ~ン ワォ~ン」と吠えだし武者震い。

したがって、ご近所迷惑になってしまうため、軽トラは通勤や買い物に使えずじまい。

3度のメシ(1日1回だけど)より猟が好き「猟命」のヤマなのであります。

しかしヤマを2年後に引退させて、わが家の「名誉アイドル番犬」となると、コーシン1頭だけでの猟となってしまいます。

さすがのコーシンも大イノシシ相手となると1頭ではちとキツイ。

したがって、相棒が欲しいところです。

そこで老師匠のご友人で、猟のスペシャリストである三重県の方より子犬を譲っていただくことになりました。

今度は和犬で、紀州犬の血筋が強い鳴き系統。

噛み犬では、おそらくコーシンと足が合わないであろうとの判断ですが、さて如何に。

生後53日でわが家に来た子犬はコロンコロンの女の子、体重が5キロもあります。
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名前は「カノ」、女の子っぽくてカワイイ感じですが、漢字では「狩野」と、これまた勇ましいのです。
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この名前は家族にも好評で、「カノちゃん」とか「カノピー」などと呼んでいます。
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しかしカノは猟犬。

正しい名前で躾けなくてはなりません。

私は心を鬼にして、家族には「カノと呼ばなきゃダメ!」と注意をします。

が、気が付くと「カノちゃん オチッコちまちゅか~♡」などとあまりの可愛いさに、私も無意識のうちに言ってしまているようで、家族から注意を受けます。

早く大きくなって「コーシンの相棒になってくれ!」という思いと「いつまでもそのままで大きくならないでちょ~だい!」という思いが錯綜する毎日、そこで妙案。

「そうだ!あとで後悔しないようにカノが小さくてカワイイうちにいじくりたおして、その記憶を頭に叩き込も~!オ~ッ!」ということで、交代で写真を撮ったり遊んだりしますが家族全員ヘトヘト。

カノは「もっと遊んで~!」とエンドレス。
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(1ヶ月後は、ガチムキ女子)

恐るべし猟犬の血筋、行く末が楽しみであり心配でもあります。


猟犬②

その優秀な先生とは、同じく猟犬の「ヤマ」です。

漢字ではそのまんま「山」

私はこの猟犬に敬意を表して「ヤマ先生」と呼んでいます。(ちょっとニャンコ先生みたい)
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ヤマは、老師匠がコーシンの先導犬、つまりコーチ役として授けて下さった10才のオス。

少し年を取っていますが、百戦錬磨の猛者なのであります。

ウォーカーと紀州犬のミックスですが、気質は紀州犬。

老師匠により、みっちりと仕込まれているため、とても扱いやすい猟犬です。

ふだんは、むだ吠えもせず、通りかかった人に「かわいー♡」と言われればプルプル尾を振って愛想をふりまき、そして猟になれば30貫超(1貫=3.75㎏)の大イノシシにもひるまない猟犬の鏡のような犬なのです。

コーシンにボサ(草木の密生したところ)やシダ(シダの繁茂したところ)での捜索や、イノシシとの間合いなどをしっかりと教えてくれました。

いつもコーシンには、とても優しく気を使って接してくれるのです。
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ここまでは何だかいい話に聞こえますが、実は裏があるようで、ヤマは人間の年では50代ぐらいで、コーシンは20歳前後。

どうも下心が、そうさせている様なのです。

コーシンがヤマにせまられて逃げ回る様子を見つけると、私は「コラ!生徒に手を出すな!」とヤマを叱ります。

私は、いつしか無意識のうちに「ヤマ先生」から「変態ヤマ」と呼ぶように。

この、ヤマのハレンチぶりを老師匠に告げ口したところ、「そりゃー仕方ないさ、オスはいくつになってもオスだからな、あんただってそーだろ?」と老師匠。

「えっ!私はもうそんな元気ありません」「じゃー〇〇さん(老師匠)はそーなんですか?」と私。

「オレは生きてるのがやっと」

「私を犬と一緒にしないでください!」

「ハッ ハッ ハー それが犬ってもんだ」

なるほど納得、ヤマにはもうちょっと優しく叱ろう。

次は変態ヤマ、いや違う「ヤマ先生」の二番弟子の紹介です。





猟犬①

お次は、わが家の働く犬たちです。

気が付いたら3頭になっていました。

3頭ともに狩猟では「要」となる猟犬です。

1頭目はコーシン、漢字では「功臣」
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勇ましい名前ではありますが、2才の女の子。

この名前にした理由は、息子が幼少の頃より大切にしていた犬のぬいぐるみと、その容姿が似ていたからで、勝手にその名前をもらいました。

息子にコーシンと名付けられた犬のぬいぐるみは、幼少の頃の思い出として高校生になった息子の部屋に今でも飾ってあるのです。

息子:「猟犬ってイノシシにやられることもあるんでしょ?」

 私:「あるかもね」

息子:「コーシンがやられたらぬいぐるみを見るたびに辛くなるじゃんか!」

 私:「大丈夫だ!襲名して次の犬もコーシンにしてあげる」

息子:「やめてくれ!よけいに辛くなるじゃんか💢!」

 私:「うそうそゴメン、父さんがGPSで鳴き止め現場にすぐ行って、鉄砲でコーシンを守るから心配するな」

とりあえず納得した息子。

でも、名付けてしまったものは仕方ないのです。

コーシンはすでに自分のことを「コーシン」と認識しているに違いないと言うことにしておきました。

このコーシンは、私が狩猟について考え直すきっかけを与えてくれた老師匠のお知り合いで、三重県の中島猪犬訓練所さんより譲って頂いた猟犬です。(ビーグルとプロットのミックス)
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(コーシン生後90日)

老師匠からは「あんたじゃ和犬はまだ早い。洋犬から仕込んでみろ」とのアドバイスで洋犬に決定。

その判断は大正解だったとコーシンの初猟期の活躍を目の当たりにして感じました。

中島猪犬訓練所さんには本当に感謝!良い猟犬です。

でもこう言えるのも、コーシンに狩猟のイロハを教えてくれた優秀な先生の教えがあったから。

次はその先生の紹介です。

わが家の生きもの

わが家の生きものたち、一般的から一般的でない種類まで世話に追われる毎日。

それぞ、れわが家に来ることになったエピソードをそえて紹介させていただきます。

1番古株となってしまった「ウメ」10才。
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ウメは10年前に私の職場で保護してきたメスネコで、その時はへその緒が付いたままの状態でした。
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職場の守衛さんが「ど~も昨日生まれたみたいで一晩中鳴いてたんだよ。母ネコが何匹かくわえて運んで行ったんだけど1匹だけおいてかれたみたい。半日たってもそのままだし、あの場所じゃそのうちにフークリフトに踏み潰されちゃうだろうから、どうしようかと思ってた。」と言いながら何かを訴えかけるような目で私を見つめるのでした。
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(ガッチリとホールド!)

私は仕方なく、パレットの下からその子ネコを拾い上げ、手のひらに乗せてみましたが何か少し変。

掴まれることをとても嫌がり、手の上に乗せておくことが出来ないのです。

産まれたての子ネコで、こんなに頑固な子は初めてで、その性格は大きくなっても変わらず家族ですら抱き上げることが出来ないのです。

おまけに気性が非常に荒く、機嫌が悪いとこちらが何もしてないのに噛んだり引っかいたり、はたまた飛び蹴りをしてきたりと家族に対して無差別攻撃を仕掛けてくる始末。

これでは母ネコに捨てられても無理はナイなと納得。

ただしエサをもらうときは、別人(別ネコ)のように甘え鳴きしながらすり寄ってくるのです。

かれこれ10年、今ではそんなウメに家族全員すっかり慣れ(普通は逆だけど)、ウメの顔色を伺いながら仲良くやってます。

ちなみに「ウメ」の名の由来は、保護した時期にちょうど梅干しを干していたから。

何だか安易だけれど、家族全員この名前を気に入ってます。





自己紹介②

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この事業を通して思うことは、シカやイノシシも「環境変化の被害者なのではないか」と言うことです。

おそらく百年千年単位で考えれば、このまま対策を施さないでいるとシカやイノシシが増えに増え、山にあるエサが減っていき、彼らの自然淘汰が始まり数が減ります。

そしてまた山が再生し彼らが増える、の繰り返し。

昔は、ここにニホンオオカミが調整役として存在し、そのバランスを保っていたハズです。

ところが、100年程前にニホンオオカミは絶滅してしまいました。

原因は諸説ありまが、当時ヨーロッパより貿易を通じて日本に入ってきた洋犬が保有していたジステンパーウイルスや狂犬病ウイルスの感染が、絶滅を招いたというのが有力説。

だからと言って「日本に大陸のオオカミを放そう」という一部の学者の案は、沖縄にハブ対策でマングースを放したのと同じことで、今度は有害・管理捕獲がオオカミに代わるだけです。
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しかし、私たちは今を生きる上で、百年千年などと呑気なことを言ってはいられないのです。

毎年、全国で有害鳥獣による年間約200億円にも及ぶ農業被害、シカの食害によりハゲ山化した山での川枯れや土砂災害、そしてその川枯れなどにより起こる海の貧栄養化に起因した漁業への悪影響。

また、シカによる植物生態系の変化は、さらに他の生物への生態系変化をもたらします。

これらは元を正せば、人間が計らずも引き起こしてしまったことなのであり、シカやイノシシはそれに翻弄されているだけなのです。

狩猟への入り口が他の方とは少し異なる私の場合、実際に狩猟を始めた頃は狩猟に対して漠然とした疑問を抱いており「シカやイノシシの自然バランスをとるもっと良い方法はないのか?」とも考えました。

ところが、ある猟師の方とその猟犬に接し、狩猟に対する考え方が大きく変わりました。

猟犬と一体となって獲物を仕留めるその姿は一つの文化であり「ニホンオオカミに代わる重要な役割を、猟師と猟犬が果たしているのではないか?」と言うことが再認識できたのです。

それは決して遊びなどではなく、純粋に自然との勝負であり「狩猟道」とも呼べるものです。

以来、私は狩猟に対する本来の思いと真の狩猟の魅力とが相まって、どっぷり狩猟漬けの毎日。

長々と狩猟について語ってしまいましたが、環境変化については私の自論などではなく、実際に山で起こっていることなのです。

「我こそは!」と思う方は迷わずに狩猟を始めてください。

このままでは猟師が絶滅してしまいます。



次は「生きもの万話」でいきたいと思います。

まずは、わが家の生きものたちから紹介させて頂こうと思います。


自己紹介①

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「生きもの」と、どう向き合って生きるのか?普段あまり考えることのないテーマではありますが、ペットはもちろん自然保護や狩猟について、おバカな話から少し真面目な話まで、この場をかりて考えていきたいと思います。

私は幼少の頃より昆虫や小動物の飼育・繁殖を趣味とし、それから半世紀近く経ちましたが種類は変われど、その趣味は変わらず今日に至ります。

繁殖成功、そして孵化した幼体の飼育成功は、その生きものが生息するに適した自然環境を知るうえで大切なことだと思うのです。

特に日本固有種の場合は、生息環境の保全においても完全飼育(繁殖→幼体→成体→繁殖)は意味があると考えます。

ところが近年、この生息環境の保全に自然環境の変化や外来種問題が、大きくのしかかってきていると感じます。

自然環境においては「水」の出発点である山の変化が著しく、植物分布・生態系がこの20年程の間に大きく変わってしまった地域が多く見受けられます。

山の変化はいずれ川に影響し、そして海に影響する可能性があります。

外来種問題も今に始まったことではなく、海外諸国と貿易が始まった頃から連綿と続いているのです。

これからも、新たに日本の生態系を脅かす生物が出てくるでしょう。

あれこれと考えてみますが、人間が崩してしまったであろう自然のバランスは、人間が修復するしかないのでしょう。

この考え方は少々利己的だとも思いますが、人々の自給自足の生活から今日の大量消費の生活に変化していくにあたって、自然レベルで考えると余りに短時間で自然環境を変化させてしまい、自然の修復速度にその変化速度が勝ってしまっているからです。

遅れ馳せながら、近年になって人々はやっとその速度差に気が付き慌てているのです。

私もその一人として、微力ながら「何かできないか」と考え日本固有種の繁殖・放流を続けたり、学生の頃は野生動物の生態調査をしておりました。

また数年前より狩猟を始め、現在は有害・管理捕獲事業に従事しております。

自己紹介②に続く