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生きもの二人三脚

師匠の遺品整理

半世紀以上に及ぶ狩猟人生。

大物猟、そして猟犬に全てを掛けて生きてきた私の師匠。
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私とはたった三年の師弟関係であり、私が最後の弟子となってしまったのです。

死期を悟った師匠は、その長年に渡り培った猟師としての技術を余すことなく私に教えて下さいました。

私もそれに応えるため、必死に師匠に付いて行ったのです。

かなりキツイ三年間ではありましたが、今となっては感謝の言葉しかありません。

その師匠が亡くなって早一年。

日曜日は師匠の遺品整理に行ってきました。

数年前に奥様に先立たれ、一人暮らし。

また、子供さんたちは都会の離れた場所でそれぞれの生活を送っていたため、遺品整理が遅れてしまったのです。

師匠が住んでいた実家をどうするかで話し合った結果、取り壊して更地にするのだそう。

亡くなる直前に「狩猟関係のモノは全部処分をあっきょ君にお願いしてくれ」とのことだったそうで、長男さんから暮れに電話があたのです。

鉄砲や実弾は師匠が亡くなる一年前に一緒に銃砲店に行き処分。

銃砲所持許可を取得するには、とんでもなく大変なのに、返納するときは呆気ないもの。

「はい、お願い」で・・・・・一瞬でした。

よって、警察関係に確認するようなモノは一つも無し。

他には猟犬関係のモノ、それと肝心の「猟犬」は既に私が引き取っていますし・・・・・
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後は刃物類とワナ関係の部品がある程度。

師匠の家に着き、息子さん方と一緒に狩猟部屋の整理に掛かります。
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すると有るわ有るわで、狩猟刀やワナ関係の部品と工具がわんさかと。

ビッグホーンの荷室だけでは収まりません。
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それと、狩猟の写真アルバムと猟犬の本、最後には遺影も頂いてきました。

穏やかなお顔の遺影に手を合わせていたら、ついつい目に涙が滲んでしまい・・・・・長男さんにお願い。
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「幾つもありますから」とのことで、快く遺影を渡して下さいました。

整理が終わり、三年間、事あるたびに寄らせて頂いたご実家を後にします。
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取り壊しは来月だそうで、この佇まいを見るのはこれが最後。

ビッグホーンのハンドルを握りながら感慨に耽ります。

一人の男の狩猟に懸けた人生。

私には、ここまで出来るのだろうか?

「師匠おかげでスタートは切れた」

「環境も整っている」

後はこの「狩猟」というものに何を見出せるのか。

ただ「見切った」「捕った」「食べた」だけでは寂しいな。

やはり「人」つまり「狩猟者」を育てることが大切なんじゃないかな。

これからは、そんなことを念頭に置いて狩猟に取り組もう。

それの方が上達が早くなるに違いない。

そのために、まずは経験を積むことが何より大切。

まだまだ十年早いな。

でも、ボーッとはしていられない・・・・・

その前に、これをなんとかしないと。

ちょっと、師匠・・・・・

私はこんなの飾る趣味は無いんだけど、これも狩猟関係?

どうしよう・・・困ったな。

部屋が暗いと怖いんだよね。
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「早く片付けてよ、コタツに入れない」と、シカられました。

シカだけに。。。

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犬のリード恐怖症治療

この題目について、私の浅い経験値で書いてしまうのは、はばかりながらではありますが、実際に克服できましたので、あえて書いてみることにしました。

尚これは、その犬の気質や飼い主との信頼関係の度合いによって大きく異なると思われます。

犬の反応を見ながら押したり引いたり、バランスを取りながら進めることが肝要でしょう。

その過程は、まるで恋人同士の「恋の駆け引き」にも似た様相を呈しています・・・・・

「恋の駆け引き」を経験をしたことは無いけれど、ちょっと知ったか振りしてみました。。。

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我が家の猟犬「カノ」

1才6ヶ月の猛烈女子。

イノシシ相手に全く怯まず、私はいつもヒヤヒヤもの。
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そんなカノが一時期、かなりのリード恐怖症になってしまったのです。

原因は、鬼瓦みたいに怖そうな風貌の猟先輩にリードを繋がれ、カノが嫌々ついて行かざるを得なかったから。

巻き狩りで、猟犬たちを放すポイントが非常に険しい場所だったため、一人一頭引きでないと登れなかったのです。
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ところが、カノは何とかその先輩から逃れよと必死。

他の人ではそんなこと無いのに・・・その怖そうな風貌の先輩Sさんはダメ。

この方、とても優しくて良い方なのに顔で損してます。

私も初めてお会いしたときは怖そうで・・・近寄れませんでした・・・ホント。

カノの気持ちも分からなくは無かったので、後ろからコーシンを連れていた私は、それを見て大笑い。

「なんでかなぁ?」とSさん。

「顔が怖いんですよ!」と私。

で、二人して山中で大笑い「ガハハハッ!」・・・いかん、獲物が逃げてしまう・・・

ところが、カノにとっては「恐怖」そのものだったのです。

私にとっては大イノシシの方がよっぽど怖いけれど・・・

そして、その日からリードに繋がれることをカノは拒絶。

「繋がれると、またあの人に引き渡され、引きずり回される~!」とでも思っているのでしょう。
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ここからが、困ったものでした。

庭から散歩に出るためリードを繋ごうとすると、逃げるようになってしまったのです。

逃げたあげく、物陰に隠れてブルブルと。

初めの間は「無理に繋いで連れ出さない方がいいかな?」と考え、放っておきました。

ところが、それではカノは一向に変化なし。

かと言って強引に繋いで引きずり出すと、もっと酷いことにもなりそう。

しかし、カノは「猟犬」

そんなことではダメなのです。

ここで、心を鬼にして一か八かの大勝負!

私に対しては絶対的な信頼と服従の姿勢を見せるカノを信じて、まずは「レッスン1」

ヤマとコーシンにリードを繋ぎ、カノの目の前で声を出してイヤらしい程に褒めます。
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(これは猟のときの写真。右がヤマ、左がコーシン)

「はい、リード付けさせてくれたねぇ、エライねありがとねぇ、ヨ~シヨシ」

それを横目で見ているカノ。

カノにリードを付けるフリをすると、やはり逃げます。

と、次の瞬間、その2頭だけを連れて散歩にGO!

置いてけぼりをくらって庭先で「キャウン キャウン」と大声で鳴き続けるカノ。

家から遠くに離れた山裾まで行っても、いつまでも聞こえる鳴き声。

ご近所さん、その節はスイマセンでした。

これを数日続け、次は「レッスン2」

いよいよリード繋ぎに挑戦!

これが一番の山場かも。

相変わらず、逃げ回るカノ。

この日は追い詰め、かなり強引に逮捕!

きつく叱ります。
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「いけない! リードを繋がせて!」と、言いながら「カチャン」

我が家では、飼育している生きものが、悪い事をすると「いけない!」と言って叱る躾方法なのです。

ウメもその言葉には絶対に従います。
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(寝てるし)

カメとヘビは・・・・・試したことはありません。。。

話を戻して・・・

そうしたら、ブルブル震えるカノにまた一言、今度は頭を撫でながら優しく。

「ハイ、ヨ~シヨシ、リード繋がせてくれたね、ヨ~シヨシ」と。

ここから様子を見ながらリードを引き、立たせます。

立ったら、また褒める、そして、またリードを離す。

これを何度も繰り返し、リードを繋がせないのは「悪い事」だと認識させるのです。

同時に「逃げられない、逃げても無駄」とも認識させます。

ここまで出来たら「レッスン3」

リードを繋ぐと楽しいことが待ってるよ作戦!

後はその犬が一番喜ぶ場所に行ったり、遊びをしてあげるのです。

「エサを与える」でもイイかもしれません。

カノの場合は先程のように山裾散歩が大好きですので、そこに連れて行きます。DSC01260.jpg

その際にヤマとコーシンを利用したのも良かったのかもしれません。

そんな事をしているうちに1ヶ月もすると「カノのアレはいったい何だったんだろうか?」と言った感じに完治!
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いや、楽観してはいけないぞ・・・次はSさんに慣らせないと・・・

どんな人でも扱える犬に躾けなくては「猟犬」として失格なのです。

今度、Sさんの顔写真を撮らせてもらって、犬舎に貼っとくかな。

でも、なんかイヤだな・・・・・

冗談、ごめんなさいね。

Sさんも、そしてカノも。。。

キンカン

先日、実家に立ち寄ったときに貰って帰ったキンカン。
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(これは、ほんの一部)

我が家ではキンカンを食べる食習慣が全くなかったため、考えます。

さぁ、どうやって食べよう?

家内曰く「そのまま食べる人も多いよ」とのことだったので、まずは一口パクリ。

「なるほど、美味しい~!」

柑橘系が大好きな私の味覚に「直球ストライク!」

そこから数日はチンパンジーみたいにパクパクと食べ続けます。

ところが一向にキンカンが減る気配はナシ。

どうも食べているのは、家族の中で自分だけみたい。

これでは食べ切る前に傷んでしまう。

そこで「キンカン、どうしようか?」と家内に相談を持ち掛けたところ・・・

「どっちのキンカンよ」と返され、私は「?」

「あなたの場合、分からないのよ」

・・・「あぁ~ そうか そうか そうだよね」

いつも手の届くところにキンカンを置いていて、毎日のように使用しているので無理もありません。
キンカン

ほぼ一年中、マダニに寄生されている私の、命の友「キンカン」

猟から帰り、すぐに服を脱いでお風呂に入るのですが、必ずどこかにくっ付いたままのダニエルさん。

とても人懐っこいのです。

このキンカンが無ければ、今頃は痒みに耐え切れず、とっくの昔にお星様になっています。

キンカンのビンを見ながら「まだタップリとあるから買わなくてもイイのにな~と思ったからよ」と家内。

そのことからも、家内は食べ物のキンカンには全く興味が無い様子。

そこで誰かキンカンを有効利用してくれそうな人を考えてみます・・・「あ、そうだ」

職場若手のお母様が、漬物や日本の伝統料理作りの名人だったことを思い出し、即、電話。

「いただきます🎵」との快い返事。

キレイな実だけを選り、袋イッパイにして差し上げました。

お母様は甘露煮にするのだそうです。

私もそのレシピを教えて頂きました。

すると次の日、こんな素晴らしいお返しの品を頂いてしまい、恐縮。

私の血液「スーパードライ」
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早速、夕飯時に輸血。

今は亡き「川島なお美さん」を思い出します。

ステキな方でした・・・彼女はワインだったよなぁ・・・

ところで、我が家に残ったキンカンは傷みかけていたり、食べても超酸っぱそうなのばかり。(初めの写真の)

迷わず甘露煮作りに掛かります。
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ハイ、出来上がり~!
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食べてみると・・・うん、旨い! キンカン侮りがたし!

これならば、家族の皆も食べてくれるでしょう。

そうだ実家に持って行こう。

シカ肉ジャーキーとイノシシ肉と一緒に両親に「はい、ど~ぞ🎵」

帰るときにビールを貰ってしまいました。

そう、私はビールがあると幸せな「ビール人間」

みんな知っているようです。

なんでだろう。。。

我が家の1ページ

あれから8年・・・・・

そんなに経ったのかぁ。

当時のことを思い出し、家族全員でタメ息をつきます。

その8年前の話とは、あるペットショップでの出来事です。

そこはペットショップとは言っても、爬虫類やエキゾチックアニマルを取り扱う、ちょっと普通ではナイお店。
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店名は「レップフォレスト」

もちろん店主も普通ではありません。



8年前のある日、ホームセンターのゴミ集積場所横に、ダンボール箱に入った状態で3匹のモルモット捨てられていたそうです。

その箱が危うくゴミ回収車に回収されるところを清掃員さんが発見。

モルモットたちを保護し、すぐさま警察署に拾得物として預けられました。

そこからの預かり期間は2週間。

警察は面倒を・・・・・見ていられないため、近所のレップフォレストに保管を依頼。

当然、その2週間の間に捨て主が現れる訳もなく、警察は店主にモルモットを譲渡。

店内には商品として「オオトカゲ」や「ヘビ」がところ狭しと陳列されており・・・・・

譲渡されたその日、私が店に行ってみると、3匹いたはずのモルモットが1匹に。

「あれ? 2匹どうしたの?」と、私が店主に尋ねたところ・・・

「死んじゃった」と、店主。

直感的に怪しいと思った私は、売り物の大蛇ボアコンのお腹を見てみると・・・ポッコリ。

・・・た、確かに死んでいる・・・・・。

焦った私は、生き残った1匹のモルモットを引き取ったのでした。

一緒に店に連れて行った当時小学生の息子の「お父さん、助けてあげて・・・」との言葉にも後押しされ、家族の一員となったのです。

そんな九死に一生の出来事を思い出し・・・・・

モルモット「フィーフィー」の亡骸を14日の夜、庭の片隅に懇ろに埋葬しました。

モルモットの寿命を考えると大往生だったのでしょう。

庭に雑草処理やワンコたちの躾(小動物にちょっかいを出させない)にも大活躍で、ウメとも仲良し。
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また、心優しく弱い者を助け思いやる息子の、精神的成長にも一役買ってくれたように思います。

そんなことも含め、意外にもフィーフィーのことを気にかけてくれていた店主に報告しに行くかな。

振り返れば、長くもあり短くもあった8年間でした。
フィーフィー

フィーフィー、ありがとね。

私の両親

「何事も不変なんてことは無いんだよなぁ」

分かってはいても、改めて考えてしまうことが近頃よくあります。

生きものには決められた寿命があり、その生命は永遠ではない・・・

おそらく、こんなことばかり考えていたとすると、夢も希望も無くなってしまいそう。

でも大丈夫。

人間、若い頃は、そんな不安は頭の片隅にもありません。

但し「若い」という定義は人によって様々ですので、そこが面白いところでもあります。

私自身もこの年になり、年々身体能力が低下していくのを痛感し、焦っている毎日。

体を動かさないと、どんどん筋肉が落ちて力も弱くなり、締まりの無い体型に・・・ヤダヤダ。

そして私の周りの人々も変わってゆく・・・・・

とくに私より年上の方々の老いついては、あまり考えたくないのですが、久々に会うと「時の流れ」を感じてしまうのです。

もちろん私の両親もそう。

四半世紀ほど前、十年前、五年前、そして後期高齢者となった今・・・・・

これは親に対して失礼かな?とも思ってしまうのですが、両親との今の「この時間」を大切にしようと私は考えるようになってきました。

・・・遅ればせながら。

両親はそれぞれに病を抱えているものの、そんなことは全く意に介さず、やる事なす事、ついでに頭の中も昔のまんま。

つまり「気が若くて元気」なのです。

言い方を変えると「若いつもり」・・・どうなんでしょ。

したがって、二人とも心配してしまうくらいに活動的。

そんなある日、その無茶が災いして父は頭に何針も縫うケガをしたり、母は骨折したりでもう大変!

私は気が気ではなくなってしまいました。

せっかく色んな趣味があるんだから、もっと静かに楽しめるモノを選んだらいいのに・・・

ソバを打ったり・・・裏庭でシイタケ栽培をしたり・・・
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焼き物を焼いたり・・・と、それらもあなた方の趣味でしょ。

って、あれ?・・・窯が塞がってる。
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父が裏庭に作った「千慶窯」と銘打った、焼き物を焼くための「登り窯」
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(以前の写真)

実はこれ「欠陥窯」

父の設計ミスにより、温度が800℃程度までしか上がらないのです。

よって磁器はおろか、陶器も無理。

作れるのは弥生土器くらいまでで、ちょっと温度管理が悪いと縄文土器レベル。

父がすっかりヤル気を失ってしまったのは言うまでもありません。

焼き上がった器に水を入れると一気に染み込み、漏れてしまうのです。

ホント、雑穀を入れるくらい。。。

仕方なく、我が家の庭で植木鉢として使っていたのですが・・・

当時、子犬だったコーシンに蹴り飛ばされて粉々に。
コーちゃん

そのまま庭の土に戻ってしまいました。

今、残っているのは、この玉だけ。
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息子が余った粘土を丸めて焼いたモノ。

我が家ではこれを「縄文人のビー玉」と呼んでいます。

ところで欠陥窯をなんとかしてあげないと。

いっそのこと、ピザ焼き用の石窯に作り替えちゃおうかな。

一度バラバラにして、耐熱レンガを積み直して。

雑木を焼却処分した後の余熱でピザを焼く。

一石二鳥だぞ!

その他の料理にだって使えそう。

母も喜んでくれるだろうな。

このまま焼却炉として使うだけでは勿体ない。

ちょっと真面目にやってみるか。

こんなことも親孝行の一つかな?

早速、相談してみよう。

今から十年後・・・・・

「あの時は若かったなぁ」なんてお互いに言っていそう。

きっと。